はじめに
1960年代に開発された超音速爆撃機、XB-70 ヴァルキリー。その革新的な設計と驚異的な性能は、今なお多くの航空ファンを魅了し続けています。
今回は、この伝説的な航空機の特徴や性能、そして開発の歴史について詳しく解説していきます。
XB-70 ヴァルキリーとは
着陸の姿も美しいXB-70ヴァルキリー pic.twitter.com/Ypfhpjp5Ym
— さらだ (@salad_fs) January 28, 2024
XB-70 ヴァルキリーは、アメリカ空軍がノースアメリカン社に依頼して開発した試作戦略爆撃機です。
1964年に初飛行を行い、わずか2機しか製造されませんでした。
当時としては革新的な設計と最新技術を採用し、マッハ3(音速の3倍)という驚異的な速度での飛行を実現しました。
独特な外観と革新的な設計
XB-70の最も特徴的な点は、その特異な外観です。主な特徴として:
- デルタ翼の端が高速飛行時に下向きに折れ曲がる設計
- 機首前部のカナード(前翼)
- 高速飛行時に持ち上がる可動式の機首
- 6基のターボジェットエンジン
特に注目すべきは、デルタ翼の折れ曲がり機構です。これは単なるデザインではなく、超音速飛行時の安定性を向上させる重要な技術革新でした。
驚異的な性能
XB-70の性能は、当時としては驚異的なものでした:
- 最高速度:マッハ3(約3,700km/h)
- 航続距離:アラスカ-モスクワ間の往復が可能
- 運用高度:21,000m以上
このような高性能を実現するため、機体にはステンレス合金製のハニカム構造が採用され、300℃を超える高温にも耐えられる設計となっていました。
名前の由来
「ヴァルキリー」という愛称は、北欧神話に登場する戦乙女「ワルキューレ」の英語読みに由来します。
この名前は公募で決定されたとされていますが、実は20,235通の応募の中で「ヴァルキリー」を提案したのはわずか13通だったという興味深い事実があります。
開発の経緯と結末
1954年、戦略航空軍団司令官のカーチス・ルメイ将軍の提唱により開発が始まりました。
しかし、開発途中で大陸間弾道ミサイルの発達により、有人爆撃機の重要性が低下。さらに、2号機が空中衝突事故で失われるという悲劇に見舞われました。
結果として、XB-70は実戦配備されることなく開発が中止され、残された1号機はNASAに譲渡されて飛行実験に使用されました。
現在はオハイオ州のライト・パターソン空軍基地にある国立アメリカ空軍博物館に展示されています。
XB-70 ヴァルキリーとは まとめ
XB-70 ヴァルキリーは、実戦には配備されなかったものの、航空技術の発展に大きく貢献した革新的な航空機でした。
その斬新なデザインと高い性能は、今日でも多くの人々を魅了し続けています。
実戦機としては日の目を見ることはありませんでしたが、航空技術の歴史に大きな足跡を残した機体として、その名を歴史に刻んでいます。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。(^^♪