はじめに
物理学者であり随筆家としても知られる寺田寅彦。夏目漱石の愛弟子として文学史に名を残す彼の故郷、高知を訪ねる旅の記録をお届けします。
寺田寅彦という人物
細谷暁夫「寺田寅彦『物理学序説』を読む」、なけなしのお金で買った甲斐があった、、、この本ガチやばい。自分がどれだけ偏った科学史観(神話感)に基づいているか反省させられる。これは細谷さんが最近の科学史観を寅彦と比較できたからこそ身をもって実感されるのでは。日々の疑問も寅彦にあったんだ pic.twitter.com/ztrg8KSWym
— 發明家 Ricky @普遍的人間 (@Inventor_Ricky) February 12, 2025
寺田寅彦は、明治期から昭和初期にかけて活躍した物理学者です。第五高等学校(現在の熊本大学)時代に夏目漱石から英語を学び、生涯にわたって親交を深めました。
東京帝国大学理科大学や理化学研究所で物理学の研究に携わる一方で、文学的な才能も開花させ、優れた随筆家としても知られています。
科学者としての顔
物理学者として、自然現象の観察と研究に生涯を捧げた寅彦。特に関東大震災後の被災地調査は重要な功績として挙げられます。
「天災は忘れた頃にやって来る」という警句は、彼の言葉がもとになっているとされています。
文学者としての一面
夏目漱石の門下生として、寅彦は優れた文章力を持ち合わせていました。科学的な観察眼と文学的な感性を併せ持つ彼の随筆は、今日でも多くの読者を魅了しています。
高知での寅彦の足跡を訪ねて
寺田寅彦記念館
寅彦が4歳から19歳まで過ごした旧居を復元した記念館は、風通しの良い日本家屋として残されています。
戦災で大部分が焼失しましたが、昭和58年に当時の設計図をもとに復元されました。館内では、若き日の寅彦の生活を垣間見ることができます。
特に印象的なのは、寅彦と夏子の結婚式が行われた座敷です。数え年20歳の寅彦と15歳の夏子が、真夏の暑さの中で挙げた婚礼の様子が、今も語り継がれています。
寺田家墓所への参拝
高知市内の静かな住宅地を抜けた山道にある寺田家墓所。墓石には「寺田寅彦之墓」の文字と共に、親友であった小宮豊隆による墓誌が刻まれています。整備された墓地からは、地元高知の人々の寅彦への敬愛の念が感じられます。
文学と科学の架け橋:まとめ
寺田寅彦は、科学的な観察と文学的な表現を見事に調和させた稀有な存在でした。
高知の豊かな自然の中で育まれた彼の感性は、後の研究や著作に大きな影響を与えたと考えられます。
2025年の大晦日には没後90年を迎える寅彦。その記念日である12月31日は「寅彦忌」として知られています。
科学と文学の両面で深い足跡を残した彼の功績は、今なお多くの人々に影響を与え続けています。
高知を訪れる際は、ぜひ寺田寅彦の足跡を訪ねてみてください。科学者であり文学者でもあった彼の多面的な魅力に、きっと新たな発見があることでしょう。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。(^^♪















